私的評価
フジテレビ制作のスペシャルドラマ『北の国から '83冬』を観ました。DVDでの視聴です。
少し純の声に違和感を感じたこのドラマ。これ以降、純と螢はどんどんと大人に成長していくことになります。いつまでも子供のままではありません…。
★★★★☆
作品概要
プロデューサーは中村敏夫。原作・脚本は倉本聰。
出演は田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋朋子、竹下景子、笠智衆ほか。
1983年3月にフジテレビ系列で放送されたスペシャルドラマの第一弾です。11月から五郎は東京に出稼ぎに出かけていたが、麓郷のわが家で正月を迎えるために、歳末に帰ってきた。けなげに留守を守っていた純と螢は大喜び。そんな時、正吉が家出をした…。
作品の紹介・あらすじ
五郎(田中邦衛)とクマさん(南雲佑介)は11月から東京に出稼ぎに出て、純(吉岡秀隆)と螢(中嶋朋子)はけなげに小屋で留守を守って暮らしていた。その五郎たちが、わが家で正月を迎えるために歳末に帰ってきた。大喜びの純と螢。だが、大晦日から正月休みに、純たちの周辺で次々に問題が起こってきた。まず、みどり(林美智子)の息子の正吉(中沢佳仁)が家出したこと。友達の純や螢がほうっておけるわけはない。やっと見つかった正吉は純の家で正月を迎える。そのころ、部落には30年ぶりで沢田松吉(笠智衆)という老人がふらりと現れる。昔、この麓郷を開拓した草分けの一人で、一度は成功したが妻子を捨てて女と駆け落ちしてしまって以来、消息のなかった人だ。麓郷に身寄りは街のラーメン屋で働く孫娘妙子(風吹ジュン)がいるだけだ。東京で大成功したということだがどこか話がおかしい。そこへ突然、五郎に難題が持ち上がる。みどりの借金の連帯保証人として、700万円の返済義務を負わされてしまったのだ…。
『北の国から ’83冬』BSフジ
感想・その他
さて、この『'83冬』のエピソードで、ひときわ心に残るのは、やはり笠智衆さんが演じる沢田松吉の存在です。もうこの人が登場しただけで、画面の空気が一変する。柔らかな語り口に、どこか哀愁を帯びた佇まい。俳優・笠智衆の持つ圧倒的な存在感が、物語の奥行きを何倍にも広げてくれます。松吉という人物は、かつて開拓時代に「豆」で大成功を収め、“豆大臣”とまで呼ばれた伝説の男。しかし、ある日、若い女を作って家族を捨て、突如として東京へと旅立ってしまう。それが周囲の人々にとっては“裏切り”とも映ったであろう、波乱に満ちた決断だったのです。東京では一時、羽振りも良かったようですが、それも過去の話。やがて何かに押し流されるように表舞台から姿を消し、30年の歳月を経て、あの静かな麓郷へとふらりと戻ってきた――それがこの物語の導入です。
とはいえ、戻ってきた松吉は、どうにも“過去”の続きを生きているような雰囲気があります。まるで東京での30年がなかったかのように、彼の言動や記憶は昭和20年代で止まってしまっているようなのです。東京でいったい何があったのか…。詳細は語られませんが、その空白の時間には、きっと数え切れない後悔と孤独の日々があったのでしょう。過去を振り返るのがあまりに辛く、知らず知らずのうちに心が自らの都合の悪い記憶を封印してしまったのかもしれません。
よく「ボケ」と言われる状態に見えるかもしれませんが、私はこれは単なる認知機能の衰えではなく、むしろ“心の病”――つまり、長年抱え続けた後悔や郷愁が、心のどこかで精神的な防御反応として記憶の断絶を引き起こしているのではないかと感じました。
そんな松吉が、純たちにお年玉を渡すシーン。その額、なんと50円。1983年当時の感覚からしても、子どもがもらって喜ぶような額ではありません。けれど、彼にとってはそれが「妥当な金額」だったのでしょう。というのも、彼の中の“時間”は、もう1950年代で止まってしまっているのです。時代に取り残された男。いや、自ら記憶の時計を止めた男、と言った方が正しいのかもしれません。しかもその50円を2回も渡すというのだから、年齢相応の“天然のボケ”も少し入っていたのかもしれません(笑)。でも、それがまた憎めない。なんとも人間らしくて、切なくて、愛おしくなる瞬間でした。
そして最後のシーン――松吉が雪の中で、かつて自分が成功の礎とした“豆”を蒔く場面。あれはただの作業ではない。無意識のうちに、かつての自分に帰りたい、もう一度あの頃の自分にやり直させてほしい、という深い願いが込められているように感じました。言葉にこそしないけれど、そこに滲むのは「強い後悔の念」と「止まることのない郷愁」。松吉自身も気づいていないほどに、彼の心はあの麓郷に、そして豆の畑に、深く根を張ったままだったのでしょう。
一方で、自身に関する借金の話を耳にしてしまった正吉は、まだ幼さの残る心でその事実をうまく処理できず、拗ねた態度をとってしまう。そして、それに対して苛立ちを隠せなかった五郎が、思わず正吉にきつく当たってしまう――このくだりがまた、とてもリアルでした。
借金というのは、大人の世界でもっともストレスの多い問題の一つ。そのストレスにさらされるなかで、五郎のように、思わず子どもに八つ当たりしてしまう…。ドラマの中でそれを見ると、「なにも子どもに当たらなくても」と思ってしまいがちですが、いざ自分の身に置き換えてみると、きっともっと酷いことを口走ってしまうのではないか、と思えてしまうのです。そう、これが“人間”なんですよね。完璧じゃないからこそ、ドラマの登場人物たちがこんなにも私たちの心に響くのだと思います。
『北の国から』が名作たる所以は、こうした“人の弱さ”と“情けなさ”に正面から向き合いながらも、それを決して否定せず、静かに受け止め、優しく描いているところにあるのかもしれません。
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