私的評価
池波正太郎著『旅路』上下巻を図書館で借りて読みました。読みたい本が見当たらなくなったとき、私は決まって池波正太郎を手に取ります。これが長年変わらない私の読書スタイルです。話題作や評判に惹かれて選んだ本が、期待外れに終わることは少なくありませんが、池波作品に限って言えば、そうした「外れ」を引いた記憶がありません。物語の運びや人物描写、そして時代の空気感に至るまで、安心して身を委ねることができる作家だと感じています。
そんな読書の谷間に選んだ一冊が『旅路』でした。読み始めた当初は、夫を殺された女が仇を討つ、いわば正統派の仇討ち物語だろうと想像していました。しかし読み進めるうちに、その予想は静かに裏切られます。物語の中心にいる三千代は、純真無垢で非の打ち所のない女性として描かれていますが、彼女と関わった男たちは次々と不幸な運命を辿っていきます。そして皮肉なことに、その果てに三千代自身は幸せを掴み取るのです。
三千代と彼女を取り巻く男たち、そして仇である近藤虎次郎をめぐって重なり合う数々の偶然と巡り合わせは、単なる仇討ち譚にとどまらず、人間の業や運命の不可思議さを浮かび上がらせます。旅を続ける三千代の足取りとともに物語は静かに、しかし確実に読者を引き込み、最後まで一瞬たりとも飽きさせません。読み終えたあと、やはり池波正太郎を選んで正解だったと、あらためて実感させられる一冊でした。
★★★★☆
『旅路』とは
内容紹介
惨殺された夫の仇を討とうと、彦根から江戸に出てきた武家の女・三千代。職人の家でまめまめしく奉公し、それなりに平和な日々を送っていたが、ある事件で初志にたちかえり、奉公先から出奔。しかし、またしても、無頼者たちに乱暴をされそうになる。それを助けたのは剣客・加藤三千代平十郎。三千代は彼の道場に住まわせてもらうようになり、やがて二人は惹かれ合う。一方、仇・近藤虎次郎も、かつて惚れていた女・三千代の動向を気にしていた。命を削る男たちと、転ぶたびに逞しく美しくなっていくヒロイン・三千代。彼女の有為転変の人生を描く傑作長編。
著者紹介
池波正太郎[イケナミショウタロウ](1923-1990)
東京・浅草生れ。下谷・西町小学校を卒業後、茅場町の株式仲買店に勤める。戦後、東京都の職員となり、下谷区役所等に勤務。長谷川伸の門下に入り、新国劇の脚本・演出を担当。1960(昭和35)年、「錯乱」で直木賞受賞。「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」の3大シリーズをはじめとする膨大な作品群が絶大な人気を博しているなか、急性白血病で永眠。(1923-1990) (1923-1990) 文藝春秋BOOKS
感想・その他
この小説の中で、著者がわざわざ実在の店名を挙げ、その美味しさを強く印象づけているのが、多度にある「大黒屋」さんです。江戸時代中期、享保年間(1710年~1736年)に旅籠として創業し、現在は鯉料理を看板とする老舗として知られています。池波正太郎氏はこの店をよほど気に入っていたようで、エッセイの中には、二日続けて足を運んだと記されているほどです。文章からも、その味わいと店の佇まいへの深い愛着が伝わってきます。私自身も、いつかは訪れてみたいと思いながら、気がつけば十数年の月日が流れてしまいました。皇族方も訪れたことのある名店と聞くと少し身構えてしまいますが、ランチであれば私にも手が届きそうです。今年こそは、という思いを胸に、ここでひとつ自分に約束を立てました。そうだ、結婚記念日に訪れるのも悪くない――そんなことを考えるだけで、今から少し心が弾んできます。

いつもお店の前を通り過ぎるだけ・・・

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