私的評価
高橋孟著『海軍めしたき物語』、『海軍めしたき総決算』を読みました。戦争体験記として貴重でありながら、娯楽作品のような軽快さも併せ持つ稀有な作品。戦争を知るための本であると同時に、人間を知るための一冊でもあります。シリーズを通して読んでこそ味わえる深みがあり、ぜひ多くの人に手に取ってもらいたいと思います。
今までにない“めしたき”主計科から見た戦記物。こんな面白いこの二冊が、新書ではもう買えなくなっています。ほんとに残念なことです。
★★★★★
『海軍めしたき物語』・『海軍めしたき総決算』とは
画家・イラストレーターである高橋孟(1920年-1997年3月30日)さんが体験した、海軍主計科兵として戦艦に乗務したことや終戦までの一風変わった戦記物です。真珠湾攻撃は昼めし前に終り、ミッドウェイ海戦は昼めし前に始まった。腹が減っては戦は出来ぬ。敵機来襲も味方の砲火も見えぬ戦艦の烹炊所で、ネベカマしゃもじを武器に「めしたき兵」の戦いは今日も続く。戦場に入って戦場を見ず。目的も、今行われていることが何かも知らされぬ最下級兵たちにとっての戦争の不毛と悲惨を、コミカルなタッチで綴るイラスト・エッセイ。
感想・その他
戦記物でありながら、そこには重苦しい悲壮感がありません。むしろ、思わず笑ってしまうような場面も多く、とても楽しく読むことができました。何より、とにかく面白いのです。読了したのは、『海軍めしたき物語』。読み終えた瞬間、「これは続編があって当然だ」と強く感じました。そして実際、続編として『海軍めしたき総決算』が刊行されたことを知って納得。私自身、著者がその後どうなったのか、続きを読まずにはいられないほど惹き込まれていたのです。
一般的な海軍戦記ものというと、どうしても戦闘の描写――甲板上で敵と対峙する兵士たちの活躍――に焦点が当たりがちです。しかし、本書の主人公は、いわば「裏方」中の裏方。戦艦の甲板の下、日夜“めしたき”に従事する主計兵としての体験が語られていきます。同じく、エンジンルームで汗だくになって蒸気タービンを動かしていた機関兵たちも、その日常の中にいました。艦という巨大な戦闘機械の中で、実際に“戦う”のは一部の人間だけであり、残りの大多数はそれを支える歯車として日々を送っていたのです。
著者が配属されたのは、戦艦霧島。乗艦早々に始まったのは、理不尽で陰湿な“シゴキ”でした。食事を作る場所――烹炊所――での作業は、重労働そのもの。毎日1300人分の朝昼晩の食事を作るというのは、想像以上に過酷です。海の上にいるのに海を眺めることすらできず、進路も目的地も知らされない。そんな密室のような環境で、ただ淡々と“めしたき”をこなす日々。「楽しみと言えば、寝ることだけだった」と著者が語るように、心身ともにすり減らされるような生活が続いていました。
霧島は真珠湾攻撃やミッドウェイ海戦といった大規模な作戦にも出撃しますが、主計科の乗員たちはいつも通り“めしたき”に専念しており、戦っているという実感すらなかったそうです。むしろ、その間は古参兵からのシゴキが止まり、少しばかり穏やかな時間が流れていたとか。とはいえ、ミッドウェイのときは少し様子が違っていたようで、普段は烹炊所に顔を出さない“主計科の偉い人”が現れたとのこと。理由を聞いて納得。烹炊所は艦橋の真下に位置し、船の中で最も安全とされる場所だったのです。まさに、命の危険が現実味を帯びていたことを感じさせるエピソードです。
そんな過酷な環境に耐えかねた著者は、経理学校の試験を受けて艦を降りることになります。その後、霧島は砲撃戦により沈没。結果的に、彼の“脱艦”は命を救うことにもつながりました。しかし、彼の波瀾万丈な運命はそれで終わりではありません。『海軍めしたき物語』では、その後に配属された砲艦武昌丸での出来事――撃沈、漂流、そしてサメに右大腿部をかじられるという壮絶な体験――が描かれています。なんとか奇跡的に生還し、その続きが『海軍めしたき総決算』で語られていくのです。
大型の戦艦ほど規律が厳しく、担当以外の持ち場には立ち入ることも許されない一方、小型艦艇では乗員の距離が近くなり、どこか“アットホーム”な雰囲気が生まれる――そんな艦内文化の違いも、本書の中では実に生き生きと描かれています。
最後に、これら本書の魅力を一層引き立てているのが、著者自身が手がけた味のあるイラストです。素朴ながらも細部まで描き込まれており、当時の艦内の様子や人々の表情がリアルに伝わってきます。文章もユーモアに富んでいて、辛い体験をどこか軽妙に、しかし決して軽薄ではなく語る筆致に、読み手はつい引き込まれてしまいます。
0 件のコメント:
コメントを投稿