永井紗耶子著『木挽町のあだ討ち』を図書館で借りて読んでみた感想など

私的評価

永井紗耶子著『木挽町のあだ討ち』を図書館で借りて読みました。

木挽町で起きた仇討ちをめぐり、さまざまな関係者の証言を通して真相に迫っていく――そんな構成の物語です。章ごとに語り手が変わり、それぞれの視点から少しずつ全体像が浮かび上がっていくのですが、読み進めるうちに、むしろその語り手たちの生い立ちや背景のほうに強く引き込まれていきました。一座の人々が抱えてきた事情や想いが丁寧に描かれていて、気づけば何度も胸を打たれ、思わず涙してしまう場面もありました。

一方で、帯にあった「驚愕の真相とは」という一文が強く印象に残っていたため、三分の二ほど読み進めたあたりで、その“真相”についてはある程度想像がついてしまいました。ただ、それでも物語の魅力が損なわれることはなく、むしろ「どう描かれるのか」を確かめたくて、ページをめくる手が止まらなくなります。

構成の巧みさと人物描写の深さが相まって、最後まで一気に読ませる力のある作品でした。

★★★★★

『木挽町のあだ討ち』とは


2019年10月号から2021年7月号まで『小説新潮』に連載されました。2023年に新潮社より単行本、2025年に文庫本が刊行されました。2025年には歌舞伎舞台化され、2026年に映画化されました。

出版社内容情報
雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏手で、菊之助なる若衆が果たした見事な仇討。白装束を血に染めて掲げたるは父の仇、作兵衛の首級(しるし)。二年後。目撃者を訪ねる武士が現れた。元幇間、立師、衣装部屋の女形……。皆、世の中で居場所を失い、悪所に救われた者ばかり。「立派な仇討」と語られるあの夜の〈真実〉とは。人の情けと驚きの仕掛けが、清々しい感動を呼ぶ直木賞・山本周五郎賞受賞作品。

内容紹介
雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏手で、菊之助なる若衆が果たした見事な仇討。白装束を血に染めて掲げたるは父の仇、作兵衛の首級。二年後。目撃者を訪ねる武士が現れた。元幇間、立師、衣装部屋の女形…。皆、世の中で居場所を失い、悪所に救われた者ばかり。「立派な仇討」と語られるあの夜の〈真実〉とは。人の情けと驚きの仕掛けが、清々しい感動を呼ぶ直木賞・山本周五郎賞受賞作品。

著者紹介
永井紗耶子[ナガイサヤコ]
1977(昭和52)年、神奈川県生れ。慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで幅広く活躍。2010(平成22)年、『絡繰り心中』で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。´20(令和2)年に刊行した『商う狼江戸商人 杉本茂十郎』は、細谷正充賞と、本屋が選ぶ時代小説大賞、´21年、新田次郎文学賞を受賞した。´23年、『木挽町のあだ討ち』で山本周五郎賞、直木賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

紀伊國屋書店

感想・その他

作中の舞台となる木挽町について気になり、少し調べてみました。

現在の地名でいうと、東京・銀座の一部、主に5丁目から7丁目あたりにあたる場所で、昭和26年(1951年)までは実際に「木挽町」という町名が存在していたそうです。

その名前の由来は江戸時代初期にさかのぼります。江戸城の修築や拡張工事に伴い、丸太を大きな鋸で製材する「木挽き職人」たちがこの地に集められ、やがて居住区が形成されたことから「木挽町」と呼ばれるようになったとのことです。

さらにこの一帯は芝居町としても栄え、芝居小屋が立ち並ぶ一大歓楽街として大いに賑わっていたようです。現在の東銀座、歌舞伎座周辺には、そうした当時の名残や雰囲気が今も色濃く残っているといわれています。物語の背景を知るうえでも、こうした歴史を踏まえると一層イメージが膨らみます。

ちなみに、名古屋にも同じく「木挽町」と呼ばれた地域がありました。場所は現在の丸の内一丁目・錦一丁目・栄一丁目の一部にあたるそうです。こちらも由来は東京と同様で、名古屋城築城の際に集められた木挽職人たちが定住したことによるもの。地名の成り立ちには、こうした職人たちの営みが色濃く反映されているのが興味深いところです。

こうして見ると、「木挽町」という名前には、単なる地名以上に、都市の成り立ちや人々の暮らしの歴史が詰まっていることが分かりますね。

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