
『敗北のない競技 -僕の見たサイクルロードレース-』
土井雪広 著
なんとなくですが、見た目――ちょっとやんちゃな雰囲気のある顔つき――であまり好きになれなかった土井雪広選手。正直に言えば、読む前から少し偏見がありました。本の冒頭を読み始めた時も、「やっぱり苦手なタイプかもしれないな」と思ってしまったほどです。口調や考え方が少し尖っていて、自信家にも見えて、「自分とは合わないな」と感じていたのです。
でも、それが変わっていったのが第3章あたり。ページをめくる手が止まらなくなってきた頃、本の面白さに引き込まれていくのと同時に、土井選手に対する印象も、じわじわと変わっていきました。
考え方の芯には、自転車競技への本気の覚悟と、日本人として海外で戦うことへの矜持があり、表面的な言動の裏にはものすごく繊細で実直な人間性が見えてきたんです。 自分の非力さ、迷い、悔しさを隠さずに書いている姿に、むしろ強い共感を覚え始めました。
そして極めつけは第6章。これには思わずほろっとさせられました。
詳しくは伏せますが、ある出来事を通じて見せる彼の葛藤や、本音に触れたとき、これまで抱いていた「やんちゃそう」という表面的な印象は完全に吹き飛び、むしろ「この人、すごく真面目で誠実なんじゃないか」とさえ感じました。
人の印象って、本当に変わるものなんですね。本を通して知る「中の人」は、想像していた人物とはまるで別人でした。
そして何よりこの本の凄さは、その赤裸々さ。
プロロードレースの最前線、しかもヨーロッパという本場で戦ってきた土井選手だからこそ書ける、リアルで衝撃的なエピソードが満載です。
たとえば、レース終盤。ゴール1時間前になると、テレビ中継のカメラが空撮に切り替わったタイミングで、プロトンの中の選手たちが一斉に「ギリギリ合法な薬」を取り出して飲み始める。
そこには「レースに勝つためには何でもやる」という、容赦ない現実があるわけですが、その裏には「これはルール違反ではない」という綱渡りのような判断基準が存在します。
しかも、ちょっと前に流行った薬をまだ使っていると、「え?まだそんなの飲んでんの?」と笑われるという、信じられないような価値観まで飛び出してきます。
極めつけは、土井選手が放ったこの一言。
「プロトンの中は薬漬け(ジャンキー)だらけだ」
*プロトンとは有力選手のいる集団です
あまりにぶっちゃけすぎていて、思わず吹き出しましたが、笑うしかないくらいのリアルさ。
日本ではなかなか語られることのない“プロトンの裏側”が、この本では真正面から描かれています。
最初はちょっと構えて読んでいたはずなのに、読み終わる頃にはすっかり土井雪広という人間のファンになっていました。
ロードレースというスポーツの光と影を、ここまで正直に、そして自分の立場をリスクに晒してまで書ききった勇気には、本当に敬意を表したいです。
この本、ロードレースファンならもちろん、スポーツ界のリアルに興味がある人にも強くおすすめしたい一冊です。
山本元喜選手の『僕のジロ・デ・イタリア』とはまた違った面白さでした。
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