ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン主演、映画『隣の影』のあらす じ・感想など

私的評価

映画『隣の影』を観ました。
Amazonプライムビデオでの鑑賞です。

この映画の存在を知ったのは、あるラジオ番組での紹介でした。「面白い映画」として取り上げられていたのですが、その紹介のニュアンスは、いわゆる明るく楽しい娯楽作品としての面白さではなく、「ちょっと変わった面白さ」というもの。正直なところ、聞いたときから強く印象に残り、Amazonプライムビデオで無料で観られるのをずっと楽しみにしていました。

そしていよいよ鑑賞。期待通り、いやそれ以上に「一風変わった映画」としての独特な魅力を感じました。物語自体は決して派手に笑わせるような内容ではありません。しかし、北欧映画特有の薄暗く、どこか心が沈むようなトーンが貫かれており、静かに、しかし確実に観る者の心を揺さぶります。小さなきっかけから報復が報復を呼ぶ負の連鎖が描かれ、その恐ろしさや人間の弱さ、運命の残酷さがじわじわと胸に迫ります。

派手なアクションや感情の起伏は控えめですが、その分、観客は画面の隅々に目を凝らし、登場人物の心理や空気感に意識を集中させることになります。この独特の緊張感こそが、この映画の「面白さ」であり、観終わった後もなぜか心に残る、余韻の深さを感じさせてくれます。

全体として、『隣の影』は北欧映画ならではの静かで重厚な魅力を持つ作品です。明るい娯楽を求める映画ではありませんが、人間の弱さや連鎖する報復の恐ろしさを静かに味わいたい方には、強くおすすめできる一本です。

★★★★☆

作品概要

監督・脚本はハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン。
製作はグリーマル・ヨンソン、ソール・シグルヨンソン。
主演はステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、その他出演者にエッダ・ビヨルグヴィンズドッテル、シグルヅル・シグルヨンソン、ソルステイン・バフマンほか。

2017年のアイスランド・デンマーク・ポーランド・ドイツのサスペンス映画です。些細なことが原因で激しく対立する隣同士の2家族が、越えてはならない一線を踏み外していくブラックユーモアを交えて描かれています。

作品の紹介・あらすじ

解説
ささいなことがきっかけで起きた隣人とのトラブルが、思いがけない展開を招くサスペンス。『ひつじ村の兄弟』などのシグルヅル・シグルヨンソンをはじめ、ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグヴィンズドッテルらが共演した。ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソンが監督と脚本を務め、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018で国際コンペティションにノミネートされ、監督賞を受賞した。

あらすじ
静かな住宅街に住む老夫婦が、あるとき隣の中年夫婦から大きな庭木に関するクレームをつけられる。その日から対立するようになった彼らは、根拠もないのに身の回りで起きる怪しい出来事を、全て相手の嫌がらせだと決めてしまう。そして妻に追い出されて家に戻ってきた老夫婦の息子にも、隣の家の監視をさせる。

シネマトゥデイ

感想・その他

とにかく異常なまでに陰鬱な映画でした。画面の色調からセリフの間、登場人物たちの表情に至るまで、全編を通して「重さ」が漂っており、観終わったあとはしばらく言葉が出てきませんでした。日常の中に確実に存在していながら、普段は見て見ぬふりをしているような“家庭の闇”や“人の脆さ”を、容赦なく突きつけてくる作品です。

面白いのは、そんな悲劇の中心にある家族を演じているのが、実は全員コメディアン出身の俳優たちだということです。主人公アトリを演じたグンナル・ヨンソンは、アイスランドではよく知られたコメディアンだそうで、父親役のシグルズル・シグルヨンソンも舞台でのコメディ経験が豊富な人物。そして何より、母親を演じたエッダ・ビヨルグヴィンズドッテル──彼女もまた、普段は笑顔とウィットで観客を楽しませている、れっきとしたコメディ畑の人物です。

それだけに、この映画における彼女の演技には驚かされました。長男を事故で失って以来、心を病み、閉鎖的で神経質な生活を送る母親。言葉数は少なく、常にどこか上の空で、視線は虚ろ。その異様な空気感が、家庭内にじわじわと悪影響を及ぼしていく──まさに“負の中心”として存在しています。何が怖いって、彼女が笑わないんです。終始、張り詰めたような表情で、観ているこちらが呼吸を忘れそうになるほど。そして彼女の壊れた内面が、家族全体を徐々に引きずり込んでいく様子が、あまりにもリアルで胸に迫ってきました。

とりわけ印象的だったのは、母親が家族に対する無意識に発する“支配”の空気。善意のように見えて実は圧力であり、愛情のように見えて不安を煽る。彼女が故意に悪いことをしているわけではないという点がまた、リアリティを生んでいて、観ている側としても「この母親を責めていいのか?」と、自問自答させられるのです。

ラストは、あえて詳細には触れませんが、「ああ、やはりこうなるしかなかったのか…」という重たい終焉が訪れます。決して救いがある話ではありません。それでも、この作品が観る者に強烈な印象を残すのは、そこに“よくある日常”が静かに歪んでいく恐ろしさがあるからだと思います。

そして、そんな深い悲劇を、普段は笑いを生むことを仕事としている俳優たちが演じているという事実。そのギャップが、この映画にさらに一層の不気味さと奥行きを与えているように感じました。

『隣の影』──軽い気持ちでは決して観てはいけない作品ですが、じわじわと心に残り続ける「静かな恐怖」と「家族という繭のもろさ」を見事に描いた傑作です。

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