私的評価
中山茂大著『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』を図書館で借りて読みました。北海道におけるヒグマによる食害などの事件史としては、かなり詳細に調べ上げられています。事件が起きた分布図やその時代背景を、当時の新聞記事を載せるなどして分かりやすく解説しています。しかし、読み物としてはあまり面白くありませんでした。実際のところ、私は吉村昭著の『熊嵐』などのヒグマによる食害事件を解説的に書き下ろしている書物だと思って読んでみようと考えました。しかし、本書は事件の顛末とその証言、時代背景が書かれているもので、私が考えていたものとは違いました。
★★★☆☆
『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』とは
単行本として講談社より、2022年11月10日に出版されました。内容説明
「ヒグマの聖地」である北海道に流入していった人間たちとヒグマとの凄絶な死闘をもとに、近代化の歪み、そして現代社会の矛盾を炙り出す。膨大な資料から歴史に埋もれた戦前のおびただしい北海道の人喰いヒグマ事件の数々を発掘し、なぜヒグマは人を殺すのか、人間はヒグマや自然に何をしてきたのか、という問いを多角的に検証する労作!
北海道で幕末以来に発生した人喰いヒグマ事件をデータ化し、マッピングした「人食い熊マップ」も掲載!
目次
序 章 歴史に埋もれた人喰い熊~上川ヒグマ大量出没事件
第一章 明治初期の人喰い熊事件~石狩平野への人間の進出
第二章 鉄道の発展と人喰い熊事件~資本主義的開発とヒグマへの影響
第三章 「枝幸砂金」と人喰い熊事件~ゴールドラッシュの欲望と餌食
第四章 凶悪な人喰い熊事件が続発した大正時代~三毛別事件余話と最恐ヒグマの仮設
第五章 軍事演習とストレスレベルの関連性~大正美瑛村連続人喰い熊事件
第六章 受け継がれる人喰い熊の「DNA」~北見連続人喰い熊事件
第七章 十勝岳大噴火~天変地異とヒグマの生態系との関連
第八章 炭鉱開発と戦中戦後の人喰い熊事件~封じ込められたヒグマの逆襲
第九章 樺太~パルプ事業の拡大と戦慄の「伊皿山事件」
おわりに 現代社会にヒグマが牙を剥きはじめた
著者等紹介
中山茂大[ナカヤマシゲオ]
昭和44年、北海道深川市生まれ。ノンフィクション作家。人力社代表。日本文藝家協会会員。上智大学在学中、探検部に所属し世界各地を放浪。出版社勤務を経て独立。東京都奥多摩町にて、築100年の古民家をリノベして暮らす一方、千葉県大多喜町に、すべてDIYで建てたキャンプ場「しげキャン」をオープン。主な著書に『ロバと歩いた南米・アンデス紀行』(双葉社)、『ハビビな人々』(文藝春秋)、『笑って! 古民家再生』(山と溪谷社)など。北海道の釣り雑誌『North Anglers』(つり人社)にて「ヒグマ110番」連載中。
紀伊國屋書店
感想・その他
近年、北海道では市街地やその周辺でヒグマの目撃情報が相次いでおり、そのたびにニュースとして大きく取り上げられています。とくに印象的だったのが、「OSO18(オソ・ジュウハチ)」と名づけられた巨大なヒグマ。酪農地帯で次々と牛を襲ったその執拗さと知能の高さが注目され、NHKでも特集番組が放送されました。人間の目や罠を巧みにかいくぐりながら、何年もにわたって捕獲を逃れ続けた姿には、野生動物の生きる力と、人との距離の近さを感じずにはいられませんでした。そして、記憶に新しいのが2023年5月に北海道北部の幌加内町・朱鞠内湖(しゅまりないこ)で起きた痛ましい出来事です。湖岸で釣りをしていた54歳の男性が突然行方不明となり、捜索の結果、駆除されたヒグマの胃の中から男性のものと思われる肉片や骨片、衣類の一部などが発見されました。その内容物は約9キロにもおよび、ヒグマによる人身事故の凄惨さと現実味が改めて突きつけられた形となりました。
とはいえ、統計的に見ればヒグマによる死亡事故の件数は、それほど多くはありません。昭和55年(1980年)以降を見ると、年間の死亡者は多くて1人か2人。むしろ死亡者ゼロの年も珍しくありません。専門家によると、ヒグマに遭遇した際の致死率はおよそ3割程度。一方、本州に生息するツキノワグマでは1割にも満たないとされており、やはりクマとの遭遇そのものを避けることが何より重要であるといえます。
ヒグマが人里に姿を現すようになった背景には、単に個体数の増加や食糧事情の変化だけでなく、「過疎化」や「高齢化」といった人間側の社会的要因も深く関係しているといいます。かつて人が暮らし、薪を拾い、畑を耕していた山里が無人となり、そこがヒグマにとって“人の気配のない安全なテリトリー”となってしまった。野生動物と人間との“緩衝地帯”が失われているのです。
興味深いのは、世界的に見ても、野生の大型肉食獣と人間とがこれほど密接に生息域を共有している地域は、北海道以外にはほとんど存在しないという点です。クマにとっても人にとっても、ぎりぎりの距離感を保ちながら暮らしている、ある意味で非常に稀有な共存の地。それが北海道なのです。
もちろん、被害や不安があれば排除や駆除もやむを得ない面はあります。しかし同時に、クマは北海道の自然と共に生きてきた存在でもあります。私たちが自然とどう向き合うか、どこまで共に暮らせるのか――その問いが今、北海道に住むすべての人に突きつけられているような気がします。
できることなら、人とクマが無理なく棲み分けできるような北海道で、これからもあり続けてほしいと願います。自然の中にある命の営みと、人の生活が、どちらも尊重される地域として。
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