私的評価
伊澤理江著『黒い海 船は突然、深海へ消えた』を図書館で借りて読みました。一気読みしたくなる面白さです。17名もの犠牲者を出した、2008年の太平洋上で起こった碇泊中の中型漁船の沈没事故。時間を掛けた綿密な調査、関係者からの聞き取りにより、この漁船沈没事件の原因を追っています。しかし、最終的には沈没した漁船を調べることしか原因を割り出すことができず、著者の憶測の域を出ていないのが残念です。
★★★★☆
『黒い海 船は突然、深海へ消えた』とは
単行本として講談社より、2022年12月23日に出版されました。調査報道専門ウェブサイト「SlowNews」に2021年2月から4月にかけて連載された内容を大幅に加筆・修正したものとなります。内容説明
第45回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞
第54回 大宅壮一ノンフィクション賞
第71回 日本エッセイスト・クラブ賞
日隅一雄・情報流通促進賞2023 大賞
受賞作!!!
その船は突然、深海へ消えた。
沈みようがない状況で――。
本書は実話であり、同時にミステリーでもある。
2008年、太平洋上で碇泊中の中型漁船が突如として沈没、17名もの犠牲者を出した。
波は高かったものの、さほど荒れていたわけでもなく、碇泊にもっとも適したパラアンカーを使っていた。
なにより、事故の寸前まで漁船員たちに危機感はなく、彼らは束の間の休息を楽しんでいた。
周辺には僚船が複数いたにもかかわらず、この船――第58寿和丸――だけが転覆し、沈んだのだった。
生存者の証言によれば、船から投げ出された彼らは、船から流出したと思われる油まみれの海を無我夢中で泳ぎ、九死に一生を得た。
ところが、事故から3年もたって公表された調査報告書では、船から漏れ出たとされる油はごく少量とされ、船員の杜撰な管理と当日偶然に発生した「大波」とによって船は転覆・沈没したと決めつけられたのだった。
「二度の衝撃を感じた」という生存者たちの証言も考慮されることはなく、5000メートル以上の深海に沈んだ船の調査も早々に実現への道が閉ざされた。
こうして、真相究明を求める残された関係者の期待も空しく、事件は「未解決」のまま時が流れた。
なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。
ふとしたことから、この忘れ去られた事件について知った、一人のジャーナリストが、ゆっくり時間をかけて調べていくうちに、「点」と「点」が、少しずつつながっていく。
そして、事件の全体像が少しずつ明らかになっていく。
彼女が描く「驚愕の真相」とは、はたして・・・・・・。
著者等紹介
伊澤理江[イザワマリエ]
1979年生まれ。英国ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。英国の新聞社、PR会社などを経て、フリージャーナリストに。調査報道グループ「フロントラインプレス」所属。これまでに「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたのか」「連載・子育て困難社会 母親たちの現実」をYahoo!ニュース特集で発表するなど、主にウエブメディアでルポやノンフィクションを執筆してきた。TOKYO FMの調査報道番組「TOKYO SLOW NEWS」の企画も担当。東京都市大学メディア情報学部「メディアの最前線」、東洋大学経営学部「ソーシャルビジネス実習講義」等で教壇にも立つ。本編が初の単著となる。
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
紀伊國屋書店
感想・その他
2001年に起きた「えひめ丸事故」や、2008年の「護衛艦あたごと漁船清徳丸の衝突事件」などは、当時の報道で大きく取り上げられたこともあり、今でも記憶に残っています。特に「えひめ丸」の件は、アメリカの原子力潜水艦が日本の高校生らが乗る実習船を沈没させたという衝撃的な内容で、日本国内にとどまらず国際的な問題にまで発展しました。また、「あたご」の衝突事故も、最新鋭のイージス艦と小型漁船という、あまりに不釣り合いな事故の構図に、多くの国民が驚きと怒りを感じたものでした。それに比べて、本書で扱われているこの沈没事故については、正直なところ、まったく記憶にありませんでした。17人もの船員が死亡または行方不明となっているというのに、まるで人知れず忘れ去られているような扱いです。本書を読んだ後、気になってWikipediaで調べてみたのですが、該当するページが見当たらず、驚きました。しかも、「日本の海難事故一覧」にすら、この事故の記載はありません。これは一体、どういうことでしょうか。
もちろん、すべての事故が等しく記録されるべきだとまでは言いませんが、これほどの人的被害が出ているにもかかわらず、公的な記録に残っていないという事実には、強い違和感を覚えます。本書の中でも指摘されていたように、漁船が関わる事故というのは、どうしても“目立たない存在”として扱われがちなのかもしれません。事故の背景にある構造的な問題や、権力との関係、あるいは国や大手組織にとって“不都合な真実”が含まれている場合、それを積極的に記録に残そうとしない空気が、どこかにあるのではないかと疑いたくもなります。
もし、著者が本書で描いているように、現代日本においてなお、国家レベルで事故の情報をコントロールしたり、意図的に事実を伏せたりするような「隠蔽処理」が行われているのだとしたら、それは想像以上に根深く、そして恐ろしい問題です。情報が抑えられ、遺族や関係者の声がかき消されるような社会であるならば、私たちの“知る権利”や“報道の自由”というものは、いったいどこまで保証されているのか──そう考えると、背筋が寒くなります。
この本は、単なる一事故の記録ではありません。見過ごされがちな現実、記録にも記憶にも残らない“影の事故”を掘り起こし、問いかけてくるような、重く静かな力を持った一冊です。読後には、メディアのあり方や国家と個人の関係、そして「忘却されること」の残酷さについて、改めて考えさせられました。
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