
私的評価
池部良著『江戸っ子の倅』を読みました。図書館で借りました。
以前読んだ『天丼はまぐり鮨ぎょうざ 味なおすそわけ』が面白かったので、図書館で借りて読んでみましたが、前書ほどの面白さはありませんでした。『天丼はまぐり鮨ぎょうざ 味なおすそわけ』では、池部良さんの父親(風刺・風俗漫画家の池部鈞)の言う話がいちいち面白く、またうんちくがあり、そしてなによりも強烈な個性の持ち主であり、人間として魅力を感じました。本の題名に「倅」とあるので、父親が主役的な内容かと思いきやそうではなく残念でした。
★★★☆☆
『江戸っ子の倅』とは
内容
2010年秋に逝去した銀幕のスター、池部良の単行本未収録遺稿集。「東京生まれの男」を貫いた最後の粋。「四季の味」「銀座百点」の連載ほか、池部良の人生全体を見渡せる名随筆の数々を収録。
目次
1 単純なお題目(嗚呼、卒寿;単純なお題目 ほか)
2 江戸っ子の倅(おやじ・おふくろ・大地震;大森の土器 ほか)
3 生命を拾ったぜ(御羽車に始まる;両面テープ ほか)
4 頬落記(どぜうなべ;栗 ほか)
5 銀座八丁おもいで草紙(ビステキ;ラスキン喫茶店 ほか)
著者等紹介
池部良[イケベリョウ]
1918年2月11日、東京大森に生れる。41年、立教大学英文科卒業後、東宝映画に入社して「闘魚」で映画デビュー。翌年、陸軍に応召され、南方のハルマヘラ島で終戦を迎える。復員後は文芸映画を中心に活躍。「青い山脈」「現代人」「雪国」「暗夜行路」「乾いた花」「昭和残侠伝」をはじめ出演作は200本近くに及ぶ。91年、『そよ風ときにはつむじ風』で日本文芸大賞受賞、エッセイストとしても高い評価を得る。2010年10月8日逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
紀伊國屋書店
感想・その他
この本を読み終えて、最も強く印象に残ったのは、著者である池部良さんの驚異的とも言える記憶力でした。この自伝的作品を通じて、昭和を代表する俳優の一面として、彼の並外れた記憶保持能力を垣間見ることができたのです。特に印象深かったのは、前作『天丼はまぐり鮨ぎょうざ 味なおすそわけ』との一貫性です。そちらでも子供時代のエピソードが数多く綴られていましたが、本書でもその詳細な描写力は健在でした。50年、60年以上も昔の出来事でありながら、その時の場面設定、登場人物の表情、さらには家族間での何気ない会話に至るまで、まるで昨日のことのように鮮明に再現されています。
読み進めながら、「本当にこんなに詳細に覚えているものだろうか」という疑問も頭をよぎりました。人間の記憶というものは、時の経過とともに美化されたり、脚色されたりするものです。おそらく多少の潤色や、記憶の隙間を埋める創作的要素もあるのではないかと推察しています。しかし、それを差し引いても、彼の記憶力の確かさと、幼少期の体験を文章として再構築する能力には、ただただ感服するばかりです。
この本を読みながら、自分自身の記憶について振り返る機会にもなりました。私が思い出せる子供の頃の家族との会話といえば、断片的なものばかりで、池部さんのような詳細で生き生きとしたやり取りはほとんど思い浮かびません。日常的な何気ない会話や、両親の優しい言葉かけなどは、時間の流れとともに薄れてしまっているのが現実です。
ところが皮肉なことに、嫌だった出来事や恥ずかしい思いをした瞬間は、まるで昨日のことのように鮮明に記憶に残っています。友達の前で失敗してしまった時の屈辱感、先生に叱られた時の情けなさ、思春期の頃の気まずい体験など、早く忘れてしまいたいと思うような記憶ほど、なぜかくっきりと心に刻まれているのです。 この記憶の偏りは、おそらく多くの人に共通する現象でしょう。感情的なインパクトが強い出来事ほど記憶に残りやすく、特にネガティブな体験は自己防衛本能の一環として深く刻み込まれるのかもしれません。
前作『天丼はまぐり鮨ぎょうざ 味なおすそわけ』でも触れられていた内容ですが、改めて池部良さんの生い立ちの特殊性について考えさせられました。彼の父親である池部鈞は、風刺漫画家であり洋画家として名を馳せた人物です。本書の中でも、父親は周囲から「先生」と呼ばれる著名な画家として登場し、その息子である池部良さんは近所の人々から「ぼっちゃん」と親しみを込めて呼ばれていたエピソードが数多く描かれています。
さらに注目すべきは、母方の血筋です。母親の兄である岡本一平は、明治・大正・昭和期を代表する画家・漫画家・文筆家として広く知られた人物でした。そして、その長男こそが、後に「芸術は爆発だ」の名言で知られるようになる岡本太郎です。つまり、池部良さんにとって岡本太郎は従兄弟という間柄になります。
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