私的評価
伊藤薫著『生かされなかった 八甲田の悲劇』を図書館で借りて読みました。著者は前作『八甲田山 消された真実』でも知られていますが、今回はあの有名な八甲田山雪中行軍遭難事故の後、日本はその教訓をどう生かしたのか──というテーマに切り込んでいます。
しかし、読み進めるうちに、肝心な部分の記述が少ないことに少し物足りなさを感じました。特に気になったのは、遭難事故から3年後に勃発した日露戦争において、実際にその教訓がどのように反映されたのかという検証です。個人的にはそこが本書の核心だと思っていたのですが、記述は意外と簡潔で、もう一歩踏み込んだ分析や事例紹介を期待していただけに残念でした。
一方で、旅順攻略戦の記述にはかなりのページが割かれていました。確かに日露戦争の重要な局面ではありますが、八甲田の遭難事故との直接的な関わりは薄く、「なぜここまで詳しく描くのだろう」と少し疑問に感じました。本のタイトルやテーマからすると、そのバランスはやや偏っている印象です。
また、前作『八甲田山 消された真実』では、弘前第31連隊の福島大尉に対して容赦ない批判が展開されていましたが、今作ではその表現がかなり柔らかくなっていました。著者の見方が変化したのか、それとも今回は主題に沿ってトーンを抑えたのか──いずれにせよ、その変化は読み手として少し意外に感じました。
総じて、テーマ自体は非常に興味深く、資料や事実の掘り下げも一定の説得力があります。ただ、「八甲田の悲劇は日本にどう生かされたのか?」という問いに対する答えを、もっと具体的かつ濃密に読みたかった──それが本書を閉じた後の正直な感想です。
★★★☆☆
『生かされなかった 八甲田の悲劇』とは
内容説明
雪中行軍とその2年後に勃発した日露戦争、悲惨な「冬の戦争」の実態が暴かれる。数少ない生存者たちの証言と上級指揮官たちのその後の行動から、日露戦争と大量遭難の真相に迫る。
目次
第1章 雪中行軍の生存者たち
第2章 津川連隊長の岩手耐熱行軍
第3章 旅順総攻撃
第4章 友安旅団長の二〇三高地
第5章 第五連隊の出陣と八甲田山追憶
第6章 立見師団長、苦戦の黒溝台会戦
第7章 冬の戦争と雪中行軍
著者等紹介
伊藤 薫[イトウ カオル]
昭和33年、青森県生まれの元自衛官。平成24年10月、3等陸佐で退官。退官後に、事実を知りたくて、執筆を始める。青森の第5普通科連隊、青森地方連絡部などを歴任。
そのため、当時の青森と津軽の事情にもある程度通じている。初めての著作『八甲田山 消された真実』(山と溪谷社、2018年)4刷りまで版を重ねた。
紀伊國屋書店
感想・その他
この八甲田雪中行軍遭難事件において、「生き残った11人においてはすべてが山間部の出身で、普段はマタギの手伝いや炭焼きに従事している者達だった。彼等は冬山での活動にある程度習熟していたが、凍傷に関する知識がなかった」(Wikipediaによる)とありました。また、この本によれば職業軍人である石倉大尉たちは凍傷予防の知識をもっていて、それが兵隊たちにはまったく教えられていなかったとありましたが、Wikipediaによると少し違った記述もありました。いくら極限状態の中であっても、凍傷の怖さを知らない兵たちの行いを放置して、将校らが自分たちだけ凍傷にならないように処置していたとは思えません。多少の知識はあったにせよ、兵たちとは雲泥の差があった防寒装備や携行品の違いが、凍傷の重症度の違いだったのでしょう。
31連隊と5連隊ではなにが違ったのか、この遭難事故の教訓から多くを学び、それを軍部の礎としていれば、その後のあの悲惨な昭和の戦争はかなり違ったものになっていたかもしれないし、そもそも戦争回避に動いていたのかもしれません。日清、日露と幸運にも勝ってしまったことが、そういう大事なことをふちに追いやってしまったのでしょう。失敗から学ぶ、とても大事なことですね。
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