私的評価
映画『荒野の誓い』を観ました。レンタルDVDでの鑑賞です。
物語の主人公であるジョー・ブロッカー大尉は、長年にわたりインディアンとの戦いに身を投じてきた歴戦の軍人。冒頭では彼がいかにインディアンに対して冷酷で容赦のない態度をとってきたかが描かれ、白人社会に根深く存在する偏見や憎しみを体現する存在として登場します。しかし一方で、白人の部下や友人に対してはもちろん、黒人の部下が死を迎える際には涙を流すなど、決して単なる残虐な人物ではなく、人間的な感情を持ち合わせた複雑なキャラクターであることも示されています。
その彼が、余命わずかなインディアンの族長を本来の地へ送り届けるという任務を通じて、徐々に心の変化を遂げていきます。敵として憎み続けてきた相手と同じ旅路を共にすることで、長年積み重ねてきた偏見や憎しみが揺らぎ、人間としての共感や理解が芽生えていく――本作の核心はそこにあるのでしょう。ただし、その変化の描き方がやや唐突に感じられ、彼がなぜその瞬間に心を動かされたのか、もう一歩踏み込んで描写してほしかった、という物足りなさも残りました。
それでも、この作品のラストは非常に印象深いものでした。結末直前までは容赦のない悲惨な展開が続き、観る者の心を重く沈ませます。銃撃戦や死と隣り合わせの日々の中で、荒野の旅は絶望そのものであるかのように思えます。しかし、エンディングに差しかかると一転して、静かで温かみのある余韻が広がり、観客の心にじんわりと染み入ってきます。希望の光はわずかではあるものの、確かに存在する――そんな人間への信頼を取り戻させてくれるような締めくくりでした。
派手なアクションよりも、登場人物たちの心の葛藤や関係性の変化をじっくりと描いた作品であり、西部劇でありながらも人間ドラマとして深い余韻を残す一作でした。
★★★★☆
作品概要
監督・脚本はスコット・クーパー。原案はドナルド・E・スチュワート。
製作はジョン・レッシャー、ケン・カオ、スコット・クーパーほか。
出演はクリスチャン・ベイル、ロザムンド・パイク、ウェス・ステューディ、ジェシー・プレモンスほか。
監督は『クレイジー・ハート』のスコット・クーパー。西部開拓時代が終わりを迎えた19世紀末のアメリカを舞台にした、2017年のアメリカの西部劇映画です。ネイティブアメリカンを激しく憎む軍人が、宿敵シャイアン族の首長とその家族を護送する旅を通じて、心を通わせ理解を深めていく姿を描いています。
作品の紹介・あらすじ
解説
19世紀末のアメリカを舞台に、かつて戦った先住民の首長たちを護送する騎兵大尉を描いたウエスタンノワール。『バイス』などのクリスチャン・ベイルが主人公にふんし、『ゴーン・ガール』などのロザムンド・パイク、『君の名前で僕を呼んで』などのティモシー・シャラメらが共演。『ファーナス/訣別の朝』でもベイルと組んだスコット・クーパーがメガホンを取り、『スポットライト 世紀のスクープ』などのマサノブ・タカヤナギが撮影を務めた。
あらすじ
1892年、インディアン戦争の英雄で現在は刑務所の看守を務める騎兵大尉のジョー(クリスチャン・ベイル)は、かつての敵で余命わずかなシャイアン族の長イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)とその家族を居留地まで送る任務に就く。道中コマンチ族に家族を惨殺されたロザリー(ロザムンド・パイク)も加わり共に目的地を目指すが、襲撃が相次ぎイエロー・ホークと手を組まなければならなくなる。
シネマトゥデイ
感想・その他
Wikipediaによれば、インディアン戦争は1622年から1890年まで続き、南北戦争は1861年から1865年に勃発しています。本作『荒野の誓い』の舞台は、そうした戦争の爪痕がまだ色濃く残る19世紀末のアメリカ。すでに国家としては統一されていても、国土の広大な西部は依然として暴力と憎悪に支配され、命の保証などまるでない無法の時代だったことが描かれています。現代のアメリカも銃による事件が多発し「物騒な国」と言われがちですが、この映画が再現する当時の世界は、それをはるかに凌駕する殺伐としたものでした。興味深いのは、古い西部劇にありがちな「悪いインディアン VS 善良な白人」という単純な構図が、この映画にはまったく存在しない点です。白人入植者も先住民インディアンも、どちらも暴力と復讐に囚われ、野蛮さを露わにしています。むしろ「どちらが正義か」という問い自体が無意味であり、人間の持つ残酷さが等しく描かれているのです。この点は、今日の人権意識や多文化的な視点を意識した、現代的なアプローチと言えるでしょう。
また、日本史に重ねるならば、この時代はちょうど明治20年代。近代化を急速に進めていた日本と比べると、アメリカ西部の様子はあまりに過酷で荒々しい。もちろん、映画的誇張もあるのでしょうが、至るところに死体が吊るされていたり、無惨に横たわっていたりする光景が日常茶飯事だったとは考えにくいものの、「文明化」とは程遠い時代であったことを痛感させられます。
主演のクリスチャン・ベイルは、私自身『フォードvsフェラーリ』くらいしか観たことがありませんでしたが、本作で改めてその演技力の凄みを思い知らされました。厳格で冷酷な軍人でありながら、内面には葛藤や痛みを抱えた複雑な人間を、セリフの少ない中でも表情や視線で表現し切る。その存在感は圧倒的で、映画の重厚さを支えていました。今作をきっかけに、ベイル出演作をもっと追いかけてみたくなるほどです。
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