私的評価
伊藤祐靖著『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』を読みました。新聞広告でこの本のことを知り図書館で予約、それから半年ほど待ってやっと借りられました。第1章の「尖閣占拠」からこれからの物語の面白さを感じさせ、誰もが睡眠時間を削って一気読みに突入することは間違いありません。アメリカ映画にありがちな、特殊部隊員の華々しい活躍はありませんが、実際のところはこの本のような感じなのでしょう。リアル感がヒシヒシと伝わってきました。しかし、この本が重きを置いているのは、そんな戦闘シーンではなく、自衛隊の現状や問題点、そして政府や自衛隊のあるべき姿を表現したかったのではないでしょうか。
★★★★☆
『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』とは
内容説明
20XX年平壌でクーデターが勃発、北朝鮮軍部はムスダンリからミサイル発射を企んでいた。米国は自国保護のためピンポイント爆撃へと動き出す。だがその標的近くで日本人拉致被害者6名が生存していることが発覚。日本政府は邦人奪還のため自衛隊特殊部隊の投入を決断するが…。海上自衛隊特別警備隊の創設者が、政府の動きや作戦行動を完全シミュレーション。驚愕のドキュメントノベル。
著者等紹介
伊藤祐靖[イトウ スケヤス]
1964年、東京都に生まれ、茨城県で育つ。日本体育大学から海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事案に遭遇した。これをきっかけに全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わった。2007年、2等海佐の42歳のときに退官。後にフィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、2020年6月現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では、警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著作に『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』などがある。
紀伊國屋書店
感想・その他
著者紹介にもある通り、伊藤氏は1999年に発生した「能登半島沖不審船事件」に遭遇しています。当時、彼は護衛艦「みょうこう」の航海長として勤務しており、停船中の不審船に臨検を行う部隊の指揮官に任命されました。しかし、その時点で海上自衛隊には臨検部隊としての訓練を受けた隊員はおらず、護衛艦には防弾チョッキすら備わっていなかったといいます。もし、北朝鮮の工作員が乗るとされる不審船に乗り込む事態になっていたら、極めて危険な状況になっていたことでしょう。幸いにも、不審船は臨検を受ける前に逃走したため、大きな被害はありませんでしたが、この経験が海上自衛隊に「特別警備隊(SBU)」を創設する契機となったそうです。
この本で特に印象的だったのは、「軍隊ではない自衛隊」という組織のあり方についての指摘です。自衛官は軍人ではないため、国際法で認められる捕虜としての身分を持ちません。海外派遣先で捕まった場合、捕虜として扱われるのではなく、現地の刑法で裁かれる可能性があり、戦闘で敵兵に死者が出れば、殺人罪として訴追されるリスクさえあるといいます。つまり、軍人としての権利や保障を持たないまま、軍人と同等の義務だけを課せられているのが日本の自衛官なのです。
また、Wikipediaの「能登半島沖不審船事件」の記述には興味深い一文があります。
防空識別圏境界が近づくと、ロシア政府から不審船追跡におけるロシア側海域通過の許可が下りた。同時にロシア側による不審船追跡が開始され、ロシア側からも停船命令が発せられた。後にロシア側の責任者は「この不審船が、もしもロシア領海に侵入していれば、即座に撃沈するつもりだった」と語っている。
日本は敗戦国としての制約もあり、このような強い行動を取ることができません。この現実を目の当たりにすると、自衛隊の存在意義や国防の在り方について深く考えさせられます。
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