工藤隆雄著『マタギ奇談』を読んだ感想

私的評価

Kindle版(電子書籍)で、工藤隆雄著『マタギ奇談』を読みました(プライム会員は無料で読めました)。

本書は、縄文時代から脈々と受け継がれてきたマタギ文化を題材にしています。マタギとは東北地方を中心に狩猟を生業とする人々であり、自然との共生や命の尊さを重んじる独自の文化や習慣を持っています。その伝統の中で守られてきた「掟」には、単なるルール以上の深い意味や知恵が込められていることに気づかされます。狩猟の技術だけでなく、人間として自然や動物とどう向き合うか、先人たちの思いや哲学が垣間見えるのです。

一話ごとに短くまとまっているので、テンポよく読み進められるのも魅力です。読み始めると、つい次の話も手に取りたくなり、気づけば一気に何話も読んでしまいました。各話には不思議な体験や、狩猟の現場での驚きのエピソードが詰まっており、単なる紀行文や歴史書では味わえない、マタギの息づかいや人間味が感じられる一冊です。

★★★★☆

『マタギ奇談』とは

内容説明
狩人たちの奇妙な語り。『山のミステリー』で知られる著者が、長年にわたって現地を取材して採集した渾身のフィールドワークの成果。マタギたちが経験した山での不思議な実話譚29篇を収録。2016年に単行本として刊行され、数多くの読者の支持を得た同名の書の文庫化。

目次
第1章 歴史のはざまで
第2章 マタギ伝説
第3章 賢いクマ
第4章 山の神の祟り
第5章 不思議な自然
第6章 人間の不思議な話

著者等紹介
工藤隆雄[クドウ タカオ]
1953年、青森市生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て、新聞・雑誌を舞台に執筆活動を展開。毎日児童小説優秀作品賞、盲導犬サーブ記念文学賞大賞等を受賞。
著書に『定本 山のミステリー 異界としての山』をはじめ、『ひとり歩きの登山技術』『マタギに学ぶ登山技術』『新編 山小屋主人の炉端話』(山と溪谷社)、『富士を見る山歩き』『続・富士を見る山歩き』『富士を見ながら登る山36』(小学館)、『山歩きのオキテ』『富士山のオキテ』(新潮社)等がある。日本大学芸術学部文芸学科講師(ノンフィクション論等)。

紀伊國屋書店

感想・その他

私が特に不思議に感じたのは、白神山地の世界自然遺産登録の件です。一見すると、マタギにとっては自然環境の保護という意味で良いニュースに思えます。しかし、この登録には意外な負の側面も存在しました。

白神山地の世界自然遺産登録に至る経緯を簡単に整理すると、まず発端は1982年に計画された林道建設でした。白神山地の貴重なブナ林を切り開き、林道を通そうという計画に対し、自然保護を求める反対運動が起こります。その結果、1990年には工事は中止となりました。この反対運動が社会的注目を集める契機となり、1993年には白神山地は世界自然遺産として登録されるに至ったのです。

一見すれば、自然を守り、山を未来に残すという意味で、マタギにとっても歓迎すべき出来事のように思えます。しかし、現実はそう単純ではありませんでした。世界自然遺産登録に伴う行政の入山規制や、山の成り立ちや伝統を無視した管理体制の下で、マタギはかつてのように山に自由に入ることが難しくなってしまったのです。縄文時代から続く生活文化の中で、山で生きてきたマタギにとって、山との結びつきが断たれることは大きな痛手でした。世界自然遺産という栄誉が、結果としてマタギ文化に深い影響を与えてしまったのです。

こうして考えると、白神山地の世界自然遺産登録は、マタギ文化にとって果たして喜ばしい出来事だったのか、それとも複雑な影響をもたらした出来事だったのか、答えを出すのは容易ではありません。自然保護と人々の生活・文化との関係について、深く考えさせられる一件です。

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