池波正太郎著『賊将』を読んだ感想

私的評価

池波正太郎著の短編小説『賊将』を図書館で借りて読みました。

読み始めると、やはり池波正太郎の文章の力に引き込まれます。短編ながらも登場人物の性格や背景がしっかり描かれ、物語の展開にハラハラさせられました。時代劇ならではの緊張感、武士や賊たちの矜持や駆け引き、そして人情の機微――どれも短いページの中に余すところなく詰まっています。

読後には、まるでその場に登場人物たちが息づいているかのような臨場感と、池波作品ならではの爽快感が残ります。やはり池波正太郎は、読み応えがあり、何度読んでも面白さを感じさせる作家だと改めて思いました。

★★★★☆

『賊将』とは

もはや将軍一個の力でおさえることができないほど強大になった守護大名の力、足利義政は迫り来る戦乱の予感になんら力を発揮できず憂悶した。西郷隆盛一筋に生きた「人斬り半次郎」こと桐野利秋は、フランス香水をその身にふりかけ、突撃してくる官軍の中へ斬り込んだ。火付盗賊改の猛士・徳山五兵衛は、持て余した欲望のはけ口を夜毎描く秘画に求めた。抗しえないものと直面する武人たち、その貌が著者独自の人間解釈の妙によって浮き彫りになる。直木賞受賞直前の力作6編をおさめた珠玉短編集。

著者紹介
池波正太郎[イケナミショウタロウ]
(1923-1990)東京・浅草生れ。下谷・西町小学校を卒業後、茅場町の株式仲買店に勤める。戦後、東京都の職員となり、下谷区役所等に勤務。長谷川伸の門下に入り、新国劇の脚本・演出を担当。1960(昭和35)年、「錯乱」で直木賞受賞。「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」の3大シリーズをはじめとする膨大な作品群が絶大な人気を博しているなか、急性白血病で永眠。

紀伊國屋書店

第1章 応仁の乱
第2章 刺客
第3章 黒雲峠
第4章 秘図
第5章 賊将
第6章 将軍

感想

六話からなる短編集ですが、特に興味深かったのは第1章の「応仁の乱」と第6章の「将軍」です。

まず第1章の「応仁の乱」について。
私は日本史が好きではありますが、なぜか室町時代だけは頭からすっぽり抜け落ちていると言いますか、個人的にはあまりよく分からない時代なのです。室町時代といえば「応仁の乱」や「南北朝」といった言葉が浮かびますが、それが具体的にどのような出来事だったのかは、正直あまり理解できていません。

実際のところ、NHKの大河ドラマを調べても、室町時代を舞台にした作品は少ないのです。英雄的人物が少なく、ドラマにしづらい時代であることが理由の一つでしょう。そして、ドラマが少ないことが、私の頭に室町時代の歴史が入りにくい原因になっているのかもしれません。
ちなみに「応仁の乱」の主人公である足利義政と日野富子を主役にした大河ドラマがあり、1994年に『花の乱』というタイトルで放送されました。機会があればぜひ観てみたいものです。

次に第6章の「将軍」。
こちらは、思わず涙が出るほど感動しました。日露戦争時、旅順攻略を任された司令官・乃木希典に関する話です。司馬遼太郎は『坂の上の雲』や『殉死』で、乃木将軍を愚将として描いたため、それが通説のようになっているのですが、実際には当時の旅順攻略は世界から高く評価されていました。ロシアは6年の歳月をかけ、どんな軍隊が攻めても攻略に3年はかかると豪語する難攻不落の要塞を築いていました。それを乃木将軍は、人的被害こそ出たものの、わずか半年ほどで攻略してしまったのです。個人的には、決して愚将ではなかったと思います。

この本では、戦略的には凡庸だったかもしれないとしつつも、乃木将軍を英雄視するのではなく、武士道を体現した人物として描いています。規律を重んじ、信念に忠実であった男の生きざまに、深い感銘を受けました。

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