私的評価
海外連続ドラマ『ザ・ナイト・オブ』を観ました。全8話、Amazonプライムビデオでの視聴です。
最後には視聴者が待ち望んだフィナーレが待っています。それまでの重々しくて薄暗い映像や気持ちが吹っ飛んでいきます。最後まで観て本当に良かったと思える最終話。ミステリードラマでもあり法廷ドラマでもある、クオリティの高い極上のドラマです。
★★★★★
作品概要
製作総指揮・脚本・監督はスティーヴン・ザイリアン。主演はジョン・タートゥーロ、その他出演者にリズ・アーメッドほか。
2016年、HBO制作の犯罪ドラマです。
作品の紹介・あらすじ
NYに暮らす優秀な大学生ナズは、大学の人気者が集まるパーティーに誘われる。だが、車を出してくれるはずの友人にドタキャンされ、彼は父のタクシーを無断で運転して会場へ向かう事に。道中、道に迷った彼が停車していると、営業中のタクシーと勘違いした女性が乗り込んできてしまう。断りきれない彼はアンドレアと名乗るその女性とドライブに出て、そのまま彼女の家へ。眠ってしまったナズが目覚めると…。
スターチャンネル(ナイト・オブ・キリング 失われた記憶)
感想・その他
この作品、派手な演出やテンポの良い展開とは無縁で、終始、物静かで重苦しい空気が漂っています。物語はじわじわと、まるで地を這うように進んでいきます。そのスローな歩みの中で、登場人物たちの心理や状況が少しずつ深掘りされていき、知らず知らずのうちに引き込まれてしまいます。映像も全体的に暗く、陰影の強いライティングが印象的です。青空の下での開放感あるシーンはほとんどなく、画面に広がるのは薄暗い刑務所の中や、街の片隅、どこか重苦しい夜の情景ばかり。作品全体のトーンとして「光」が徹底的に抑えられており、それが主人公ナズの置かれた状況、そして物語のテーマをより際立たせています。
さて、本作で描かれるアメリカの刑務所の実態――これが本当に恐ろしい。映画やドラマでよく聞く「絶対に務所には入りたくねぇ」とか「戻りたくねぇ」というセリフ。その意味がこの作品を通してリアルに伝わってきます。身体的暴力、性的暴行、ドラッグの売買、賄賂の横行、新入りへの執拗ないじめ。どれもフィクションとは思えないほど生々しく、視聴者にじわじわと恐怖を植え付けてきます。刑務所という閉ざされた空間が、いかに暴力と支配の連鎖で成り立っているかを、嫌というほど見せつけられるのです。
そんな地獄のような環境に突然放り込まれるのが、パキスタン系アメリカ人の青年、ナズ。真面目でおとなしく、どこか頼りない雰囲気の彼は、逮捕当初こそ「普通の大学生」そのものでしたが、時間の経過とともに刑務所の論理に染まっていきます。次第に筋肉質になり、肌にはタトゥーが刻まれ、目つきや態度までもが変わっていく。無垢な青年が、環境によって徐々に変質していく過程は、ただの演技とは思えないほどリアルで、観ていて胸が痛くなります。
人は環境に適応する生き物だとよく言われますが、それをこれほどまでに無慈悲に、そして説得力をもって描いた作品はそう多くないでしょう。気づけばこちらも、ナズの変化に対して「仕方がない」と思い始めている。そんな自分の感覚にも、ふと怖さを覚えるほどです。
また、日本人にとってはなじみの薄い「司法取引(プレ・バーゲニング)」という制度も重要なテーマとして描かれています。これは、被告人が罪を認める代わりに検察が刑を軽減するというもので、アメリカでは裁判の迅速化やコスト削減の手段として広く用いられています。このドラマでも、ナズの弁護士が早い段階で司法取引を勧める場面があります。一度はそれに応じたナズですが、最終的には法廷の場で自分の無実を訴え、司法取引を拒否する道を選びます。
その姿勢を見た弁護士――演じるのは名優ジョン・タートゥーロ――もまた、少しずつナズに対する見方を変えていきます。最初は事務的に、どこか距離を置いて接していた彼が、やがてナズの人間性に触れることで、自らも変化していく。その過程も非常に丁寧に描かれており、単なる法廷ドラマでは終わらない深みを与えています。
そして最後に、ナズを演じたリズ・アーメッドについて。彼の演技は本当に素晴らしく、特に物語の後半で髪を剃って坊主頭になるあたりから、その存在感が一段と増していきます。で、ふと思ったのですが……彼の坊主姿、どこかで見た顔に似ている。そう、それは我らが市川海老蔵(十一代目)! 骨格や目の鋭さが特に似ていて、もうそう思ったら最後、以降ずっと“アメリカ版・海老蔵”にしか見えませんでした(笑)。
重く、そして考えさせられる内容ながら、見応えは十分。『ザ・ナイト・オブ』は、犯罪の真相を追うという単純な枠組みを超え、「司法とは何か」「正義とは何か」「人はどこまで変わってしまうのか」という深い問いを突きつけてくる傑作です。観終えた後、しばらく呆然とするような――そんな余韻を残す一本でした。
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