
『偽りのサイクル 堕ちた英雄ランス・アームストロング』を読了しました。アメリカの女性ジャーナリスト、ジュリエット・マカーによって書かれた渾身のノンフィクション作品で、ランス・アームストロングのドーピング疑惑を追及する過程を、丹念かつ克明に描いています。
400ページ超の大著で、しかも上下2段組という、いわば「読む体力」を求められる本ですが、それでも一気に引き込まれてしまいました。翻訳本によくありがちな「意味が取りづらい」「文体が妙に硬い」といった不自然さもほとんどなく、非常に読みやすい訳文で、著者の熱意と執念がストレートに伝わってきます。これは訳者の力も大きいと感じました。
ところで、ランス・アームストロングとは…。
彼は、1990年代から2000年代にかけて、世界で最も有名なスポーツ選手の一人でした。20代の若さで癌を患い、しかもそれが睾丸から脳にまで転移するという重篤な状況。それを奇跡的に克服し、わずか2年後にはプロとして復帰。そして1999年から2005年まで、世界最高峰の自転車レース「ツール・ド・フランス」を前人未到の7連覇という快挙を成し遂げます。
その物語はまさに「ヒーロー伝説」であり、病に打ち勝った男が世界の頂点に立つ姿に、誰もが胸を打たれました。彼はがん患者支援の財団「Livestrong」を設立し、黄色いリストバンドは一大ブームになりました。アスリートとしてだけでなく、人道的活動家としても称賛を集め、その姿はまさに「スポーツ界の神話」そのものでした。
…しかし、その神話は、やがて崩れ去ります。
全米反ドーピング機関(USADA)によって、長年の疑惑だったドーピングがついに公にされ、7連覇の栄光はすべて剥奪。1998年8月1日以降のすべての成績が抹消され、彼は自転車競技界から永久追放されました。
その過程で明るみに出たのは、想像を絶するほど巧妙で、組織的なドーピング体制でした。検査すり抜けのためのスケジュール管理、内部告発者への圧力、さらには政治的なロビー活動を通じてのメディアコントロールや、徹底的なイメージ戦略──「勝つためには何でもする」男の姿が、次第に浮かび上がってきます。
特に印象に残ったのは、本書の後半に出てくるランスの言葉です。
「いかさまをしたから勝てたのではない。」
「自分を勝たせることのできるチーム作りをしたからである。」
この言葉には、どこか開き直りにも似た強さと、ある種の真実が込められているようにも感じました。なぜなら、当時の自転車レース界は“ドーピングの温床”だったのです。他の選手も多かれ少なかれ薬物に手を染めていたという事実。そして、ランスが勝てたのは単に薬の力ではなく、徹底したトレーニング、戦略、そして最強のチームを作る力──総合的な「勝つための才能」があったからに他なりません。
そう思うと、この物語は「ヒーローの転落劇」ではなく、「勝利という幻想を作り上げた男の、複雑で皮肉な人間ドラマ」なのだと感じさせられます。善か悪かでは語れない、非常に多層的な人物像が浮かび上がります。
今までにも、ランス・アームストロングについては書籍やドキュメンタリーなどを何本も観てきましたが、この『偽りのサイクル』ほど、内部に深く踏み込んだ作品は他にありませんでした。ランスという男の「嘘」と「本気」が入り混じる姿に、改めて圧倒されました。
いまだに彼をヒーローとして見る人もいれば、許しがたい裏切り者と感じる人もいるでしょう。私自身も、その間で揺れ動いています。けれど一つだけ言えるのは──この本は、自転車ファンのみならず、すべての「勝利の意味」に興味を持つ人に読んでもらいたい、重厚で刺激的なノンフィクションだということです。
本では『シークレット・レース』。
映画では『疑惑のチャンピオン』。
映画では『疑惑のチャンピオン』。
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