山本周五郎著『樅の木は残った』全巻セットを読んだ感想

私的評価

山本周五郎著『樅の木は残った』全巻セットを読みました。
Amazon Prime Reading を使用して Fire7 で読みました。文庫本(新潮文庫)なら上・中・下の三巻あり、それぞれが400頁以上のボリュームある内容でした。

とにかく長い間、耐え忍ぶ主人公を読ませられます。この本については何も知らなかったので、主人公らの反転攻勢が、今か今かと期待しながら読んでいました。しかし、ついにそれもなく悲劇的な結末で本は終了してしまいました。「なにもそこまで…!」と思わせる結末で、私心無き男が悲壮なまでの決心で、改易という藩の一大事に立ち向かう。そんな日本人が大好きな物語です。

ハラハラ・ドキドキはありませんが、かと言って退屈するわけでもありません。「早く私をスカッとさせてくれ!」、最初から最後まで、そんなこと思いながら読んでいました。面白い小説ではありますが、私は主人公に共感できませんでした。

★★★☆☆

『樅の木は残った』とは

山本周五郎の歴史小説で、江戸時代前期に仙台藩伊達家で起こったお家騒動「伊達騒動」を題材にしています。1954年から1956にかけて『日本経済新聞』に連載され、1958年に講談社で、現在は新潮文庫版が刊行されています。

内容説明
仙台藩主・伊達綱宗は幕府から逼塞を命じられた。放蕩に身を持ち崩したからだという。明くる夜、藩士四名が「上意討」の名の下に次々と斬殺される。疑心暗鬼に陥り混乱を来す藩政に乗じて権勢を増す、仙台藩主一族・伊達兵部と幕府老中・酒井雅楽頭。その謀略を見抜いた宿老の原田甲斐はただひとり、藩を守る決意をする。
仙台藩六十二万石を寸断――。酒井雅楽頭と伊達兵部とで交された密約が明らかになった。嫡子を藩主の座に据えることに血眼になる兵部だが、藩の取潰しを目論む幕府にとってはその駒に過ぎない。罠に気付いた原田甲斐はあえて兵部に取り入り、内部から非謀を破却。風前の灯となった伊達家の安泰のため、ひたすら忍従を装う。
切腹、闇討ち、毒殺。親しき友が血を流す様を「主家大切」一義のため原田甲斐はひたすら堪え忍ぶ。藩内の権力をほしいままにする伊達兵部は他の一門と激しく対立し、ついに上訴へと発展する。評定の場で最後の賭けに出る甲斐。すべては仙台藩安堵のために――。雄大な構想と斬新な歴史観の下に、原田甲斐の肖像を刻んだ歴史長編。

著者等紹介
山本周五郎
(1903-1967)山梨県生れ。横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込む。1926年「須磨寺附近」が「文藝春秋」に掲載され、文壇出世作となった。『日本婦道記』が1943年上期の直木賞に推されたが、受賞を固辞。以後、「柳橋物語」「寝ぼけ署長」「栄花物語」「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」「五瓣の椿」「青べか物語」「虚空遍歴」「季節のない街」「さぶ」「ながい坂」と死の直前まで途切れなく傑作を発表し続けた。

新潮社

感想・その他

この本は、NHKの大河ドラマとしても映像化されていました。放送は1970年、主演は名優・平幹二朗さん。当時の私はまだ小学校に上がる前で、当然リアルタイムで観ることはありませんでしたが、その重厚な時代劇の世界を、今になってじっくり鑑賞してみたいという思いがあります。歴史的な事件を題材とした大河ドラマは、その時代ごとの映像表現や俳優陣の迫力も楽しみのひとつです。ちなみに、私が実際に大河ドラマを観始めたのはそれから8年後の『黄金の日日』(1978年放送)で、子どもながらに織田信長や豊臣秀吉といった戦国の人物に胸を躍らせたのを覚えています。

この作品は大河ドラマ以外にも、各テレビ局で幾度もドラマ化されています。中でも比較的近年のものとしては、2010年に放送された田村正和さん主演のドラマ版が記憶に新しいところです。多くの俳優が原田甲斐や伊達家の面々を演じてきたことからも、この題材が時代を超えて人々の関心を集め続けていることが分かります。

本のテーマとなっているのは「伊達騒動(寛文事件)」と呼ばれる出来事。一般的な理解では、主人公である原田甲斐は伊達家のお家騒動の元凶であり、悪役として語られることが多い人物です。しかし、この小説ではその評価を逆転させ、原田甲斐を「忠義の人」として描き出しているのが最大の特徴。歴史は勝者によって書き換えられると言われますが、果たして真実はどうだったのでしょうか。今となっては、当時の関係者を直接知る人は誰もおらず、史実の裏側を知る術はありません。

ただひとつ確かなのは、事件後に課せられた処分の厳しさです。原田甲斐が切腹を命じられたのはもちろん、その責任は家族にも及びました。男子は幼い子どもや孫を含め6人が命を絶たれ、女子も他家に預けられるなど一家は断絶。とりわけ、父や祖父の責めを一身に背負わされ、まだ何も分からぬ年齢で命を落とすことになった子どもたちを想像すると、胸が締め付けられる思いです。歴史書の一行に過ぎない記述の裏側に、どれだけの悲しみや悔しさがあったのかと思わずにはいられません。

山本周五郎の代表作『樅ノ木は残った』は、そんな伊達騒動を軸に人間ドラマを描いた長編小説です。読む際には、事前にWikipediaなどで事件の概要や登場人物を把握しておくことをおすすめします。なにせ登場人物が多く、本名のほか地名や官職名で呼ばれる場面もあり、人物関係を整理しながら読まないと混乱してしまうかもしれません。実際、私も最後まで「この人は誰だっけ?」と迷いながら読み進めたほどです。それでも物語が持つ深みと、忠義や人間模様が織りなす濃密さは、一読の価値ありです。

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