土橋章宏著『スマイリング! 岩熊自転車関口俊太』を読んだ感想

私的評価

土橋章宏著『スマイリング! 岩熊自転車関口俊太』を、図書館で借りて読みました。

ある記事で紹介されていたのを目にし、そのタイトルのユニークさとあらすじに惹かれて予約したのですが、手に取ってみると想像以上に読みやすく、すぐに物語の世界に引き込まれました。文章は軽快で、登場人物の会話もテンポがよく、難しい専門知識を知らなくても楽しめる作りになっています。そのためか、気がつけば数日で読み終えてしまったほどです。

物語の中心となるのは、自転車レースという一見シンプルな舞台。しかしそこには、主人公・関口俊太の人間味あふれる挑戦や葛藤、仲間との関わり、そして時に立ちはだかるライバルや過酷な試練が描かれています。特にクライマックスでは、レース中に発生するトラブルや予期せぬ困難をどう乗り越えるかが焦点となり、その必死さや諦めない姿勢に胸を打たれました。結末はありがちな「勝負の結末」ではあるものの、読者に爽快感と温かい余韻を残してくれる内容です。

読後には、自転車という乗り物が持つ単なる移動手段以上の魅力や、仲間と汗を流すスポーツの醍醐味を再認識させられました。軽い気持ちで読み始めても、最後には不思議と背中を押されるような感覚を覚える一冊です。

★★★★☆

『スマイリング! 岩熊自転車関口俊太』とは

内容説明
函館市内の中学校に通う関口俊太は、ロードバイクにあこがれていた。だが、父は失踪、母は水商売で、お金にも愛情にも恵まれず、一人、ママチャリでトレーニングする毎日だった。そんな俊太を周りは憐れみ、あるいはからかう。だが、ある日、岩熊自転車という自転車屋の店長との出会いが、俊太を変えることに!

著者紹介
土橋章宏[ドバシ アキヒロ]
1969年、大阪府豊中市生まれ。関西大学工学部卒業。「超高速! 参勤交代」で第37回城戸賞受賞。2013年に同作の小説『超高速! 参勤交代』で作家デビュー。同名映画で第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。作品も第57回ブルーリボン賞に輝く。2015年9月にはシリーズ2作目の『超高速! 参勤交代 老中の逆襲』を刊行。同作は2016年9月「超高速! 参勤交代リターンズ」として映画公開された。他の著書に『幕末マラソン侍』『天国の一歩前』『引っ越し大名三千里』『駄犬道中おかげ参り』など。

紀伊國屋書店

感想・その他

この本は、おそらく中学生や高校生向けの作品だと思いますが、50歳を過ぎた大人が読んでも胸を打たれ、涙がこぼれます。泣かせる理由は、やはり主人公の設定にあります。父親は失踪し、母親からも冷たくされるという厳しい環境。もし自分がその立場なら、きっと荒れてしまっただろうと思います。しかし、この主人公は決して投げやりにならず、まっすぐで優しい心を持ち続けているのです。そんな彼に感情移入するのは自然なことでしょう。だからこそ、読んでいるうちに涙してしまうのです。

物語に登場する自転車屋の店主もまた、悩みや過去を抱えています。孤独な少年と悩みを持つ大人、立場も年齢も違う二人が、自転車レースを通じて「自分」を取り戻し、本当に大切な気持ちを見つけていく――その過程が爽やかで心を打ちます。読み終える頃には、まるで心が洗われるような晴れやかな気持ちになれるでしょう。

題材は自転車ロードレースですが、細かいリアリティを追求する作品ではありません。たとえば「中学生がそんな高価な自転車を買えるのか?」「そんなに都合よく話が進むのか?」と突っ込みたくなる部分もあります。特に自転車に詳しい方には、気になる点も多いかもしれません。しかし、この物語ではそうした細部は脇に置いて構いません。大切なのは、家族の愛に恵まれず孤独と貧しさに苦しむ少年が、自転車屋のおっちゃんとの出会いをきっかけに前を向いて生きようとする姿です。自転車やレースはあくまで舞台装置であり、物語の核は清々しい青春ドラマなのです。

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